『鬼滅の刃』時代設定は大正何年?舞台選定の理由と歴史考証を徹底解説
数百名の隊士を抱え、産屋敷家という強大な財政基盤を持ちながら、なぜ鬼殺隊は国家公認の組織になれなかったのでしょうか。その最大の理由は、明治9年(1876年)に発布された「廃刀令(大礼服並軍人警察官吏等除外帯刀禁止令)」をはじめとする近代法制度にあります。
大正時代の日本において、軍人や警察官などの正規公務員以外の一般市民が刃物を帯刀して街中を歩く行為は明確な違法行為でした。作中でも炭治郎たちが無限列車へ向かう際、駅員や警察官に帯刀を咎められ、慌てて日輪刀を隠すコミカルかつ生々しいシーンが描かれています。
近代化を推し進め、欧米列強に並ぶ法治国家を目指していた当時の政府にとって、「鬼という怪異を討伐する民間武装集団」の存在を公に認めることは国家の威信に関わる問題でした。さらに、鬼の存在を公表すれば社会的大パニックを引き起こす危険性もあったため、鬼殺隊は必然的に法の外に身を置くアンダーグラウンド組織として活動せざるを得なかったわけです。