インカ帝国の首都はクスコ!標高3400Mの巨石文明と滅亡の真相
Q1:なぜ多くの人が「マチュピチュがインカの首都」と勘違いしているのですか?
A1:マチュピチュが1911年にハイラム・ビンガムによって世界に大々的に紹介された際、「失われた空中都市」「インカの最後の砦」としてセンセーショナルに宣伝されたことが主な要因です。映像や写真映えする景観からメディアで頻繁に単独で特集されるため、一般層に首都としてのイメージが定着してしまいました。しかし、史実における帝国の首都機能は一貫してクスコにありました。
Q2:クスコの「12角の石」は触ったり記念撮影したりできますか?
A2:通り沿いにあるため間近で見ることも記念撮影も可能ですが、石に直接触れることは厳格に禁止されています。長年の観光客による接触による摩耗や油分の付着を防ぐため、現在は警備員が常駐しており、触ろうとすると注意されます。マナーを守って見学してください。
Q3:クスコのインカ建築は、なぜスペイン人に完全に壊されなかったのですか?
A3:スペイン人たちはインカの神殿や宮殿の木製屋根を焼き払い、黄金を略奪しましたが、土台となっている石組みがあまりにも巨大かつ精巧で強固だったため、破壊して撤去するよりも「その基礎の上に自分たちの教会や屋敷を建てた方が効率的だった」というのが実情です。結果として、破壊と再利用の合理主義が、現代にインカの石組みを残す皮肉な要因となりました。