甲斐ってどこ?山梨県と甲斐市の決定的な違いと武田信玄の歴史の真相
多くの旅行者やネット検索ユーザーが混乱する最大の原因が、山梨県 甲斐市の存在です。「甲斐=山梨県全体」であるなら、「甲斐市」とは一体どのような場所なのでしょうか。
甲斐市は、2004年9月1日に中巨摩郡竜王町・敷島町、北巨摩郡双葉町の3町が対等合併して誕生した自治体です。公募によって選ばれた市名は山梨県の旧国名にあやかった広域地名であり、甲斐国全体を代表する歴史的中心地だったから名付けられたわけではありません。
地理的な配置を確認すると、甲府市 甲斐市 位置関係は「東西の隣人」です。甲府盆地の中北部に位置し、甲斐市は県庁所在地の甲府市の真西にぴったりと隣接しています。JR中央本線を利用した場合、甲府駅の西隣にある「竜王駅」が甲斐市の中心駅にあたり、乗車時間はわずか約4分しか離れていません。
ここで観光客が陥りやすいのが、「甲斐市に行けば武田信玄の城や武田神社があるはずだ」という思い込みです。信玄公が政務を執った「躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた跡=現在の武田神社)」や、信玄公の銅像がそびえるメインエリアはすべて甲府市にあります。「甲斐国の中心=甲府市」であり、「現在の甲斐市=甲府市のベッドタウンとして発展した西隣の市」という関係性を頭に入れておかなければ、旅程の組み立てで決定的なミスを犯すことになります。