100年前に日本が救ったポーランド孤児の真相と絆
日本滞在中の子どもたちの様子については、日本赤十字社の社報や元孤児たちが後年残した手記に生々しく記録されています。
当時救出された孤児の一人、イェジ・ストシャウコフスキ氏は晩年の回想録で次のように語っています。
「地獄のようなシベリアから日本の土を踏んだとき、私たちはまるで天国に来たかと思いました。白い清潔な服を着た看護師さんたちが、涙を浮かべながら抱きしめてくれた手のぬくもりを、私は生涯忘れることができません」
また、神戸港から祖国へ向けて出航する際、子どもたちは船の甲板に整列し、覚えたばかりの日本の童謡や即席で作った感謝の歌を合唱しました。港で見送る日本人看護師や市民に向かって「アリガトウ、サヨウナラ」と叫びながら、日の丸の小旗をちぎれるほど振り続けた光景は、立ち会った多くの人々の涙を誘いました。
この体験は孤児たちの人生観を決定づけ、彼らは祖国へ帰還後、「極東極光会(極東シベリア孤児同窓会)」を設立。生涯にわたって日本への感謝を語り継ぎ、親日精神の種をポーランド国内に蒔き続けたのです。